[イ・ジェホのコラム] 南方への長い旅程、そして涙

양정미 기자

登録 : 2017-11-21 10:24 | 修正 : 2017-11-21 10:24

[写真=招聘論説委員・トンシン大学教授(政治学)]

"アセアン(ASEAN)に注目せよ"という言葉を初めて聞いたのは1970年代の半ばだった。当時、ハン・スンジュ高麗大学教授(元外交部長官)は東南アジア政治論を講義しながら、いつもこんなに話した。"上は大陸勢力に、下は海洋勢力に包囲された韓国が支持基盤を拡大するには、アセアンとの関係でも強化しなければならない。"冷戦が猛威を振るった時代、米ソの両極体制に縛られてちっとも動かせなかった我々としてはそうしてでも出口(活路)を模索しなければならないという話だったと覚えている。

彼の「アセアン重視論」は40年余りが過ぎて文在寅(ムン・ジェイン)大統領の新南方政策(The New Sud Politik)に開花している。大統領は今回の東南アジア3カ国歴訪で"日・米・中・ロシア4大国中心だった韓国外交の軸をアセアンにまで拡張する"と宣言した。このためにアセアンとの交流・協力を4大国の水準に格上げし、アジアの人同士が平和と繁栄を享受できる人の共同体、平和共同体、共生共同体をつくっていくと明らかにした。

私たちは1980年代末「北方政策」という船に乗って脱冷戦の荒波を成功的に乗り切った。その経験が与えた影響は外交に限らない。意識と文化を変えることで、冷戦時代との決別の可能性をはじめて信じるようになった。新南方政策にもこのような期待ができるだろうか? 単純に地域政策ブランド化のレベルを越えて韓国外交の新しい地平を開き、中では冷戦の最後の残滓を洗い流しすことができるだろうか。そういう風になれば名実共に「文在寅ドクトリン(doctrine) 」として歴史に残るだろう。

文大統領は楽観的なようだ。彼は14日、マニラ同胞懇談会で今回の歴訪の成果についてこのように諮問した。"これでよかった、成功的だった、こんな評価をしていただけますか?"と。出席者たちは熱い拍手を送って返事の代わりにした。新南方政策が肯定的評価を受けるだけの多くの要素を持っていることを否定することは難しい。外交の多角化と交易面でもそうだ。

私たちは政治・軍事的には米国に依存し、経済的には中国に頼る致命的なジレンマに陥っている。その衝突がサードの騒ぎで突出した。アセアンとの交易は対中国依存度を下げることで、このようなジレンマから脱却するのに少しでも役立つことができる。創設23年目を迎えたアセアン地域安保フォーラム(ARF)は、この地域の代表的な多国間安保協議機構だ。たまに、南北が遭遇する場所でもある。半官半民の形のARFをさらに発展させるべき時期もやってきた。

アセアンは世界3大市場、4大交易国、5大経済規模を誇る。6億4000万の人口は、中国とインドに続き3番目であり、年間2兆4000億ドルに達するGDPは米国、EU、中国、日本に続き5位だ。韓国はアセアンの第2交易国として、昨年だけで貿易額が1188億ドルに達した。アセアンの経済は今後10年間、年5.7%の成長が予測されている。中間層の拡大と若い労働人口で、中国、インドと共に21世紀の世界経済を牽引する中心軸の一つだ(シン・ユンフヮン「統一時代」11月号)。

新南方政策が「人中心」を明らかにしたのも評価される価値がある。文大統領は"人中心の北東アジア共同体を作って行こう"と明かした。「人中心」は民主主義と人権を意味する。人間らしく生きるためには、この二つが満たされなければならない。しかし、一部のアセアン諸国の事情はこれとは距離があるのが事実だ。ミャンマーで少数民族であるロヒンギャ(Rohingya)族に対する民族浄化が行われており、フィリピンではドゥテルテ大統領が適法手続きなしに麻薬犯を処刑して国際的に問題になっている。このような状況で堂々と人権と民主主義という言葉を口にするのは難しかったはずだ。文大統領は「人中心」という言葉でこれに対する憂慮を遠まわしに表明したわけだ。

1994年、リー・クアンユー(2015年他界・李光耀)元シンガポールの首相と金大中(キム・デジュン)大統領が行ったアジア的価値(Asian values)論争も想起させる。李首相は「経済発展のためには民主化を留保しなければならない」と思ったが、金大統領は両方の並行発展が可能だと信じた。文大統領は「人中心」を強調することで、後者の方に立っていることを明確に示した。40年前の我々のように近代化と民主化の間で苦しんでいたアセアン諸国に参考になったようだ。

新南方政策が具体的成果を出すためには、積極的で用意周到な対応が要求される。対アセアン外交は国際政治学で言ういわゆる構成主義(constructivism)の性格が強い。国家間の関係が相互作用と学習を通じて構成(形成)されることなら、アセアンとの関係がまさにその通りだ。 対4強外交のように、どのような構造の下で関係が「与えられること(構造主義的現実主義)」はないという話だ。韓国に嫁いできたベトナム人の花嫁が夫の暴力で毎日涙を流すなら、その涙が積もって韓・ベトナム関係を形成することになるという話だ。その関係は善意と友好、人情よりは幻滅と不信、憎悪に基づいた関係になるだろう。

「意味は高く行動は低く」という言葉は新南方政策の推進者たちが肝に銘じるべき警句だ。輝く旗印、美しくて確信に満ちた言葉、縦横無尽にするエリートたち、その裏で涙を流す貧しいベトナム人花嫁の安否を先に尋ねるのが南方に行く長い旅程の第一歩にならなければならない。